普通、特殊建築となると、日本中から、材料と職人を集めるが、この建物はそうではない。
大工・左官は熊本人。屋根瓦も熊本産。地元の瓦屋さん2社で焼いたもの。土壁の土は南関という場所の土で特別強い土ではない。木材も半分は熊本産。大工さんもとりわけ宮大工ではない。普通の大工さんである。築城時もそうだったからというのが理由。

格天井の部材を加工中。格組材は普通の家の柱の大きさ。
入り隅部はアールが3次曲線でぶつかる。

下げ尾は荒縄。圧巻・圧巻・圧巻・・・・・(巻き縄下地の圧壁か)
外部土壁は凄い厚さの大壁。防火の役目と鉄砲の弾を通さない厚さ。

長押は飾りではない。構造の一部である。無駄は全く無い。まさに用の美。

導線もおもしろい。天守閣に行くのに、この本丸御殿の地下を通らなければならないアプローチを再現するとのこと。
天守閣も本丸御殿も、明治の初期までは存在していた。西南戦争で焼け落ちたのだ。放火の犯人は西郷軍ではなく、もっぱら政府軍というのが有力な説。
この現場を、RC造の天守閣が羨ましそうに見下ろしていた。
(1枚目の写真の左上に、少し見えるのが天守閣)
